4コマ目で「この世界の片隅に」のすずさんが「昭和の女子プロレスのリング・コスチューム」(当時は今のような上下分離型のセパレート(ビキニ水着っぽいやつ)ではなく、レオタードやスクール水着のようなワンピース型・上下一体型が多かったようです・・・なんか描画主も幼い頃家に遊びに来た親戚の叔父さんと土日の午後にテレビでボーッと観戦した見た記憶が・・・)で、女子プロレスラーすずさんが(パラリンピックと同様に「障がい者プロレス」があるので、あながち突飛な設定ではないかも?)、ひきこもり新聞の木村ナオヒロ編集長にキックを食らわすのを皮切りに、木村ナオヒロ編集長に「ひきこもり新聞」の創刊をそそのかした引きこもり界のドンにして重度の「この世界の片隅に」オタクであらせられる精神科医の斎藤環先生、そして描画主がこれまで散々漫画でイジってきた、ひきこもり新聞の木村ナオヒロ編集長に怨恨殺人されるという、まるでに4つ巴のプロレスのバトルロイヤルと化しているパロディ8コマ漫画です。バトルロイヤルと言うことは最終勝者が1人なわけですが、描画主を見事倒した体になっている、ひきこもり新聞の木村ナオヒロ編集長の勝者という解釈でも宜しいです。
「ふとんの中のアーティスト」名義で活動され居る引きこもりの音楽家の方が、ツイッターで「
イベントで『聖教新聞』並の発行部数を誇るあの『ひきこもり新聞』も販売します」と呟いています。まー、どう考えても、ひきこもり新聞が500万部以上も売れているとは思えず、
「ひきこもり新聞」を買うと「聖教新聞」も抱き合わせで買わされるとか、
「ひきこもり新聞」を買うと創価学会に強制入信させられるとは思えないので、完全な自虐「ネタ」発言だと思いますが・・・
で、何となくネットで検索していたら、ひきこもり新聞は聖教新聞からインタビューを受けていた模様で(
聖教新聞オンライン〈スタートライン×グローバルウオッチ 若者と希望〉 ひきこもり新聞 編集長 木村ナオヒロ 2017年2月18日)、聖教新聞の会員にならなないとリンク先の全記事は読めないのですが、これって個人情報を登録すると、聖教新聞の発行母体である大手宗教団体「創価学会」からの勧誘が高い割合で来ますよね?それが怖くて登録できません。
個人的には「政治が特定の宗教を国民に強制する等をしていないのだから、創価学会は聖教分離に反しない」という主張は何となく分かりますが、「
ファミレスなどに昔の友人・知人を呼び出し、心の弱い人のお悩み相談にのるフリをして、その人の弱みを握ってから、おもむろに創価学会の勧誘にもっていく卑怯な勧誘方法」には心底立腹します。私は何度か主治医が引継ぎで変わっていますが、「創価学会の汚い勧誘方法」の話をすると異口同音に「あー、あそこねぇ・・・」と、過去に多くの患者さんも創価学会の汚い勧誘被害にあってきたらしい事が分かります。
JRと私鉄が乗り入れる都区内の大ターミナル駅のペデストリアンデッキで、公明党が多数の支持者(=創価学会の信者)に動員をかけて、政敵である共産党をボロくそに批判してワーワー盛り上がっているのを見た事がありますが、創価学会のやっている「
自分達が信じている仏法は絶対に正しいから、自分達の行動も絶対に正しく、人間として間違いを犯す事は絶対に無い。勝手に傷つく者は信仰が足りないからだ。何をやっても最後はお釈迦様が尻拭いをしてくれる」という精神は、
「
自分達が信じている社会主義や共産主義は絶対に正しいから、自分達の行動も絶対に正しく、人間として間違いを犯す事は絶対に無い。マルクス様の理論を理解できない馬鹿者が一方的に悪いし間違っている」という左翼のブサイクな論理と、目くそ鼻くそ的に一緒だと思います。
まさか、「ひきこもり新聞が聖教新聞と結託して、ひきこもりを創価学会に集中勧誘したりしないよね?」と邪推していた矢先、心配な記事を見つけました。ひきこもり新聞が、聖教新聞・創価学会の敵である共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の取材も受けいたならば、ある意味でビミョーなバランスは取れるので心配も少しは和らぐのですが(自治体の公共施設には聖教新聞と赤旗の両方が置いてあったりもする)・・・
「
引きこもりからの脱却☆いかなる宿業も転換できる信心」。大手宗教団体に入信し、そこの職員として背広を着て立派に働く・・・本人が主体的にそれを選び取り、
「日頃から引きこもりの知人を無理やり卑怯な手法で勧誘とかしていないなら」そういう生き方もありだとは思います。ですが、ひきこもり新聞が聖教新聞と結託した場合、創価学会の信者や職員になる以外の、精神的・経済的自立の道を示せなくなるのだとしたら問題だと思います。そして、「ひきこもり新聞=聖教新聞=創価学会」という図式が出来れば、多数の創価学会の信者を味方につける事はできても、それよりもずっと多い一般市民の方々から距離を置かれてしまい、ひきこもり新聞は単なる創価学会の勧誘窓口に成り下がる・・・は言い過ぎであっても、少なくとも、
ひきこもり新聞は、自らが掲げたスローガン「全ての引きこもりのための新聞」を放棄してしまう事になるのは間違い無いでしょう。